読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

硝子の少年から20年

 堂本剛が天賦の才を持っている人間とするならば、堂本光一は積み重ねた努力の人間だと思う。

 

 KinKi Kidsの最新アルバム「N album」に収録されている「陽炎 ~Kagiroi」は、作詞は剛さんが、作曲はキンキと古くからの友人であり、「カナシミ ブルー」や「永遠のBLOODS」など数多くの楽曲を提供してくれているシンガーソングライターの堂島孝平さんと剛さんの共作となっている。

 「曲を作っている時にこれはキンキで歌った方が良いかなと思ってキンキに回した」と剛さんが言っていた。決してキャッチーなメロディーではないけれど、2人にしかできない2人の掛け合いやユニゾンがとても心地よく、聴けば聴くほどクセになる。誰がどこをどう聴いてもまさに「KinKi Kids」と言わざるを得ない楽曲だった。そりゃそうだよなあ、他の誰でもないKinKi Kids堂本剛と、光一さんと剛さんがまだ20歳くらいだった頃から2人を客観的に見てきた堂島孝平が作ってるんだもん。

 

 先日、約17年ぶりに行われたアリーナツアーが無事幕を閉じた。

 

 陽炎大好き芸人の光一さん(私比)がオーラスで、「陽炎はさ、勝手に振り付け作っちゃったんだけど良かった?」と剛さんに聞いていた。「全然良いですよ、僕は適当にやってますんで」とその流れでサラッと踊って見せた剛さんがあまりにも美しくて会場はどよめきに包まれた。その会場の反応を察したのか、「俺は一生懸命リハーサルしていっぱい時間かけたのに!」とリアルに少し拗ねていた光一さんが光一さんすぎて私の大好きな光一さんだった。

 

 私は大前提として、KinKi Kidsのファンであってどちから一方のファンではない。だから、ソロにはあんまり興味がなくてキンキほど熱を注ぐことはないし、知らない楽曲とかも正直ある。だけど、どちらか一方を必ず選んでくださいと言われれば、私は必ず光一さんを選んできたし、これからも光一さんを選ぶと思う。

 

 それは多分、光一さんの隣にいる人が他の誰でもない剛さんだからだと思う。

 

 彼にしか綴ることのできない情緒溢れる人の心を打つ繊細な言葉の数々、今やミラノコレクションという世界の大舞台で彼の作った楽曲が使用されるという、もはやアイドルの域を脱した音楽センス、彼がスッと腕を振り上げるだけで、耳を塞ぐだけで、指先を見つめるだけで、一瞬にして人を惹き付け世界を変える表現力、そして、「僕は寂しさでできている」と自身を評するように、彼が醸し出す寂しさや悲しみ、痛みが伝わってくるような哀愁の漂う誰にも真似をすることはできない圧倒的な歌唱力。まさに音楽を奏でるために生まれてきたような、そんな才能に満ち溢れた人間が堂本剛だと私は思っている。

 

 一方、「僕は歌も芝居も全くできないところから始まったんですが、やっていくうちに楽しいなと思えるようになりました。でも、ヘッタクソだなとも思うんですよ(笑)」と昔を振り返り、「才能もなければ個性もない」と自身を評する光一さんは、いつからか「器用であること」を捨てた。「個性だけでやっている人を見ると、恥ずかしくなっちゃうんですよ」と光一節を展開し、自分が「選んだもの」と一つ一つ真剣に向き合い、どんな困難な状況におかれようとも、ただひたすら努力に努力を積み重ねてきた、それが堂本光一なのではないかと思っている。

 

 その努力の成果が誰もが分かるものと言えば、やはり歌唱力ではないかと思う。天才的な歌唱力を持ち一目置かれていた剛さんとデビュー当時はあれだけの差があったにもかかわらず、長い時間をかけて対等に渡り合える歌唱力を身に付けた彼は本当に努力の賜物だと思う。しかし、いかなる状況におかれても絶対に音を外さない剛さんと、その場の雰囲気や状況に左右されて音を外すことが今でもしばしばある光一さんを見ると、ここが天才と努力の差なんだろうなあと、変な意味じゃなくて、単純に私はその違いに彼らが歩んで来た歴史を感じて胸がいっぱいになる。

 

 もし、私が光一さんと同じ立場に置かれて、仕事のパートナーが剛さんだったら絶対に嫌だなあと思う。だって、普通に会社で働いているだけでも、なんでそんなに人の懐に入るのが上手いんだろうっていう、別に計算をしてやっているわけでもなく、ごく自然に当たり前のごとくできる人ってどこの会社にも1人くらいいると思うんだけど、生まれながらにして持った人柄なんだろうなあって凄く羨ましい。そうやって自分ができないことができる人の隣にいると、周りに比較されているんじゃないかと勝手に自己嫌悪に陥るし、隣にいるのが嫌だなあって相手は全く悪くないのに妬んでしまうことがよくある。

 

 私がそうやって色々考えてしまう性格だからそう感じてしまっただけで、光一さんが比較されることにどう思っていたのかは知らないけれど、少なくとも彼らみたいに2人で活動している人たちにとっては、比較されることはもう宿命なんじゃないかと思うし、自分は他人と比較しなくたって周りが勝手に比較してしまうんだからもうどうしようもできないよねっていう。私みたいな普通の会社員とは違って彼らは人気商売だし、光一さんにいたっては隣に天才がいるっていう状況で、どんな心境で25年もの間、剛さんの隣で仕事をしてきたんだろうなあって、「俺は一生懸命リハーサルしていっぱい時間かけたのに!」っていう言葉から色々なことを考えてしまった。

 

 きっとこれまでにも色々なことを比較されて言われ続けて来ただろうし、負けず嫌いな光一さんだからきっとその度に色々なことを考えながら、ただひたすら努力を積み重ねてきたんだろうなあと思うと同時に、その比較される要因である剛さんを何があっても絶対に下げない光一さんを私は知っている。

 

 陽炎の話も、「陽炎はどうやって作ったの?」「陽炎はなんでああいう複雑な歌割になってるの?」って自分にスポットが当たらないことは分かっているのに自ら話を振って聞き出そうとしたり、雑誌のインタビューでも数多く収録されている楽曲の中で陽炎について語っていることが本当に凄く多かった。言葉にして「好き」とは言わないし、「最初に聴いた第一印象は『どこがサビなのか分からん曲やな』」と、「ディスってるんじゃないよ?(笑)」とおどけたりもしていたけれど、ラジオ、雑誌、MCで挟んでくるそのあまりにも多い陽炎の感想に、気に入ってるんだなあっていう熱量が凄く伝わってきた。

 だから、自然と踊りたくなっちゃって、剛さんが作った楽曲だから勝手に振り付け作っちゃったことを心配してずっと気にしていたんだと思う。だから、「勝手に振り付け作っちゃったんだけど良かった?」って剛さんに聞いたんだよね、オーラスにね、みんなの前でね。ツアーが始まる前に「勝手に振り付け作っちゃったんだけど良かった?」って聞くのもリアルすぎて恥ずかしいもんね、ツアーが始まってから「勝手に振り付け作っちゃったんだけど良かった?」って聞いてもし反対されるようなことがあればショックだもんね、だけど、オーラスで「勝手に振り付け作っちゃったんだけど良かった?」ってみんなの前で聞いちゃえば心配していたことも全て解決しちゃうもんね。光一さんのブレない不器用さ、プライスレス。永遠に守りたい。

 

 昔、2人が別々になって地方を回ったフィルムコンサートで、最後に横浜アリーナで2人が揃った時に光一さん、「俺らはやっぱり2人がいい、それを痛感したね」「やっぱり2人がいいんだよ、KinKi Kidsは」「もう嬉しいわ剛~」「嬉しいよ!だってこうやって話しててさ~」って剛さんに喋りながら、「やっぱお前じゃきゃダメだな」ってマイクに音量が入るほど力強く抱きしめた。その後、剛さんが光一さんに向けて歌った「光ちゃん脱いで」で、曲名はふざけているけれど、光一さんに向けられた剛さんの真っ直ぐな思いに、今にも溢れ出しそうな涙を誤魔化すためにふざけはじめていたよね。

 デビューして4年が経った頃だから、実力の差が浮き彫りになって周りにも色々なことを言われたりする時期だったと思うのに、「やっぱお前じゃなきゃダメだな」って言えるなんて凄いなあって思ったなあ。彼らを取り巻く環境が自然とそうさせていただけで、私は光一さんが剛さんより劣っているなんて思ったことないし、剛さんより勝っているとも思ったことなんて一度もない。その逆もしかり。堂本光一堂本剛であり、2人が合わさった時がKinKi Kidsなんだっていう、ただ単純にそれだけであって、それ以上でもそれ以下でもない。彼らもきっとそうだったんじゃないのかなあ。

 

 今回のツアーで剛さんの調子がなかなか上がらない時があって、「どうした?」と光一さんは理由を聞くわけでもなく、ただただ剛さんの様子を気にするような優しいトーンで相槌を打ったり話しかけたりするだけで、最後まで理由を聞くことはなかった。最後の最後にやっと本調子に戻った剛さんに、「やっと火が付いた」って光一さんも最後の最後にその一言だけ言って笑った。そうだ、光一さんってそういう人だよなあって思わず泣きそうになった。

 

いつの時代も光一さんは「そうやなあ」って剛さんの考えを絶対に否定しないから、堂島さんが作った「Alright!」の「僕は知っている これまでの日々を 君が選び 歩んできた道のりを そうだね」を光一さんに歌わせて、「僕は信じてる 光 射すことを その胸を温もりが包むことを そうだろう?」を剛さんに歌わせたこと、どんちゃんこれってキンキのことだよね?って発売当初から問いただしたい案件だよ、どんちゃん

 

 「今目の前にいるそのまんまの剛が好きなの。何年か経って剛は今とは変わってるかもしれないけど、その時も目の前にいる剛が好きって答えるだろうなあ」って言っていた光一さんが今もこうやって現に、「そうやなあ」って今目の前にいる剛さんを受け入れるその姿勢が全くブレていなくて、光一さんってそういう人だよなあって20周年という節目に改めて感じることができた心温まるアリーナツアーだった。

 

 彼らが築いてきた25年の信頼関係だからこそできることであり、私とは何の比較にもならないけれど、もし、私が光一さんと同じ立場に置かれたら絶対に早い段階でリタイアしてるだろうし、リタイアしてなくても他人のせいにばっかりしてとんでもないダメ人間になってる気がする。だけど、彼は努力に努力を重ねて自分の地位をしっかりと確立して、決して他人のせいにはしなかった。

 

 いっぱい時間をかけて入念にリハーサルをするなど、しっかりしているように見えて本番は違う立ち位置にいたり、何十年もやってるのにマイクスタンドに歯をぶつけて「いてっ」ってなって笑ってる天然っぷりや、生放送本番数秒前のスタンバイでアイドルが目の前で、「タイガー!ファイヤー!サイバー!」って歌ってるだけで動揺して音を外してしまうその人間らしさが凄く好きだなあと思うし、サラッと踊って見せた剛さんがあまりにも美しくて会場がどよめきに包まれたのを察して、「俺は一生懸命リハーサルしていっぱい時間かけたのに!」って恐らく心の声が出たであろう負けず嫌いな性格も凄く好きだ。そんな剛さんを他の誰でもない光一さんが一番近くで見てきたからこそ、剛さんの調子がいつもと少しでも違えば当たり前のごとくすぐに気付くけど、「どうした?」と聞くこともなく、本調子に戻った時に「やっと火が付いた」って笑うその優しさが何よりも好きだし、「このくらいの歳になっても応援してくれると思ってます」っておじいちゃんになったことを想定してヨボヨボしながら「硝子の少年」を歌って、「今からそっちに行くよ~」って言うもんだから、そのくらいの歳になっても客席に来てくれる気があるんだ、歌ってくれるんだって、笑う場面でありながら不覚にも泣きそうになったことをここに記しておきたい。

 

 「お互いを理解できないし興味がない」という彼ら独特の関係性や距離感は時に第三者に誤解を与える。しかし、出会って25年が経つ彼らにとってはそれが当たり前で一番居心地の良い関係性であり、距離感なんだと思う。

 

 剛さんが「僕らは名字が一緒なんですよ、その時点でもう気持ち悪いじゃないですか。男と女なら運命感じますけど(笑)。たまたま名字が一緒だった知らんかった奴と組んで、今日までやってきている。『なんでやねん』って思いながら、ずっと一緒にいる感じですね。長いコントやってるような」って。「長いコント」って凄く素敵な表現だなあって、ファンタジーだなあってグッときた。

 光一さんが先日のコンサートで客席に、「この中に堂本っていう名字の人いるー!?」って聞いていたけど、まあ普通に考えてそう簡単に手は挙がらないわけで、「この中で堂本俺らだけ!!!!!!」って喜ぶ光一さんを見て「ハイハイ、キンキ尊い尊い」って心の中で唱えておきました。

 

 それぞれの姉がタイミング良く送った履歴書が社長の目に留まり、先輩グループのコンサートが行われていた会場に呼ばれて出会った2人は実は名字が同じで誕生日もぴったり100日違いだったんだけど、蓋を開けてみる性格は正反対だし、天賦の才を持っている人間と、積み重ねた努力の人間だった。そんな2人が2人にしか奏でることのできない音楽を奏でるために共に歩む軌跡のストーリーなんてどこの夢小説だよって話なんだけど、現実なんですよコレ。

 第三者に不仲だの解散だのごちゃごちゃ何を言われようが、「僕たち名字が同じなんで、それだけでもうお腹いっぱいなんですよ」って周知の事実を改めて説明されるだけで、「は、はい…」と言わざるを得ない切っても切れない縁が彼らには確かにそこに存在している。

 

 コンサート本編ラストの「We are KinKi Kids!」という2人の言葉に乗せて流れる硝子の少年は、20年経っても色褪せるどころか確かに深みを増していて、今までで間違いなく一番心が揺れ動いて感極まって鳥肌が立った瞬間だったし、一番大好きな硝子の少年だった。落ちサビの「ステーイウィーズミー」で光一さんがファンにマイクを向けて歌わせようとするんだけど、ファンに「私と一緒にいて」って歌わせるなんて何それエモすぎない?光一さんそんなことするようになったの?って泣いた。そうか、20年前は愛されるよりも愛したいマジでだったけど、20年経った今は愛するよりも愛されたいマジでなんだね、そっかあって勝手に時の流れを感じてグッと来た瞬間だった。

 

 彼らをこれまで応援してきて良かった、これからもずっと愛してるよ!と心から本当にそう思わせてくれる、そんなアリーナツアーだった。